Hamamatsu Arts & Creation 浜松アーツ&クリエイション

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浜松ゆらいの素敵な人やできごとをご紹介します!

アートを支える人 Vol.1

浜松には、アートやアーティストたちを陰で支えている人達が沢山いらっしゃいます。

第一回目は、音楽の世界でプロのピアニストを支えるコンサート・チューナーの方をご紹介します。

演奏会に自分の楽器を持ち込むことができないのがピアノ。毎回異なる環境の中で、ピアニストが気持ちよくベストな演奏ができるように、技術面から、時には精神面から支えているのが調律師の方たちです。世界のトップ・ピアニスト達から絶大な信頼を集めているヤマハのコンサート・チューナーの曽我さんにお話を伺いました。

 

曽我紀之(そが のりゆき)

大阪生まれ。ヤマハピアノテクニカルアカデミー卒業後、上級チューナー研修生としてヤマハ株式会社入社。3年間の工場修行の後、大阪、浜松、パリ、東京、ニューヨークと、主にコンサート調律サービス業務を中心に活動。この4月からはヤマハ掛川工場駐在となり、現業務に加えてフルコンサートグランドピアノ生産現場での後進の指導と生産・品質管理も担当。これまでマリア・ジョアン・ピリスなど、数多くの世界的ピアニストを担当。

 

高校では吹奏楽をされていたのですね

曽我:はい、高校だけですが。ちなみに中学までは剣道部でした。

どの様な経緯で吹奏楽をはじめられたのですか?

曽我:高校に入学すると色々な部活動の勧誘がありますよね。その時にクラスで初めて仲良くなった友人が「吹奏楽部に誘われたから一緒にやろう」と言われて…それからです。特別な思いもなく吹奏楽を始めたわけですが、はまりました。昔から音楽は好きでした。母がアマチュアで声楽をやっていたこともあり、ある程度身近に感じていましたし。

そうだったのですね。その後、ヤマハピアノテクニカルアカデミーに在籍して調律を学ばれたとのことですが、楽器の構造や技術は学べても、最終的に耳(音感)が良くないと難しいお仕事だと思います。そこはやはり音楽を身近に感じていた経験が活かされたと言うことでしょうか。

曽我:調律をするための耳は難聴でなければ大丈夫です。あとは、その道具である耳を使ってどう調整するかと言うことです。例えば、作家さんは目を使って読み書きをしますが、目が良い必要がないのと同じです。ただ、難聴だと多くの人と聞こえ方が違ってしまうので、少し難しいかもしれません。

アーティストが求めている音色を聞き分けるのはどうでしょう。

曽我:訓練と経験です。ほとんどのアーティストの方は要求を具体的には言いません。当たり前ですが、彼らは我々とは違う知識を前提にしています。「もう少し明るい音で」と言われたら、それに対してどう調整したら良いのか。それはやってみて、「良くなった」と言われたら「あ、今ので良かったんだ!」ということです。その繰り返しで数をこなしていくしかありません。また、そのためには、そういった場数を踏める環境に行くしかありません。そして、その環境にいるためにはアーティストの方と対等の関係になれるように、技術だけではなく「どんな話をするか」とか、そういった事も大切なのかも知れません。

高いコミュニケーション能力が必要ということですね?

曽我:そうですね。そちらの方が大事かもしれません。

ピアニストのペジャ・ムジイェヴィッチさんと

そのためにはアーティストの“音楽”についても理解することも必要かと思いますが、アカデミーではクラシック音楽を一通り聴く様なこともされていたのでしょうか。

曽我:授業で、特に音楽を聴く時間というのは有りませんでした。当時アカデミーが浜松にあった時は百人が一斉に調律出来るほどの大きな施設で、そこに何度かプロのピアニストを招聘して演奏していただいて、そのことについて語っていただくと言う様なことはありました。とある先生がいらした時には結構緊張されていて…後でお聞きしたら「ここにいるのは卵とはいえ、プロのピアノ調律師を目指している方ですからよほど耳が良いのだろうと思うと緊張してうまく弾けなかった。」と仰たんです(笑)。でも、実はそういった事の方が勉強になりました。「先生でも緊張されるんだ」なんて、それまでは思ってもいませんでしたから。

 

一人のアーティストから信頼されるには、何度も何度もお仕事の機会を積み重ねていくと言うことだと思いますが、調律の時にはどのようなことを心がけていますか。

曽我:よく「ピアノの調律が上手な人はどの様なスペシャルなことをしているのだろう」と思われるのですが、僕が感じているのは「ピアノは常に動いている」ということです。わかりやすく言うと「すぐ(調律が)狂う」。ピアノは金属と木とフェルトが一つの楽器に複合的に組み合わされています。中でも木の部分はすぐ動きます。鉄骨はそれを抑えようとします。こうして常にせめぎ合っているんです。結果として何が起こるかと言うと、すぐに楽器がガタガタになります。調律師は、それを如何に素早くもとの設計時の状態に戻すかということです。

変化には温度や湿度も影響しますか。

曽我:はい。例えば夏場は外が暑くてホールの中が涼しいので、搬入した瞬間から外で暖められた楽器がホールの涼しい空気に馴染み始めます。もちろん冬場は逆のことが起こります。なので、楽器を外から運び入れて間もなく調律を始めると、終わる頃にはもう狂っています。「搬入後どのタイミングで調律を始めるのか」、「待っているだけで良いのか」、「その間に出来ることはないのか」…そんなことを考えながら行っています。

David Geffen Hall at Lincoln Center(旧称エイヴリーフィッシャーホール)にて

コンサート本番当日のスケジュールの中で、調律のための十分な時間が確保されていない場合もありますね?

曽我:そこをなんとか、理解していただきたいです(笑)。

そうした、必ずしも万全な環境ではない中で、如何に楽器を良い状態に持っていくかと言うことですね。

曽我:そうですね。どのような状況でも同じようなピアノを提供するように心がけています。

では、多くの人が演奏するコンクールなどではどうですか。

曽我:一人ひとりに合わせるのは無理なので平均値で調整します。ただ、昔バレンシアのコンクールでファイナリストが一人だけヤマハのピアノを使うということがありました。その時は、彼を捕まえてきて「好きなようにするから何でも言ってくれ。」と言い、その通りにしました。結果、彼は優勝したのですが、あの時は嬉しかったですね。

それはさぞ嬉しかったことと思います。曽我さんはある意味、ピアニストに対してそのブランドの”顔“になって、ブランドを支えてらっしゃるということだと思いますが、『ヤマハのピアノ』というものをどの様に捉えて何を目指していらっしゃいますか?

曽我:やはり、一番を目指しています。競合他社を超えてです。ヤマハのピアノは既に弾きやすさや、品質の安定性・耐久力では高い評価を受けています。あとは表現力です。ただ、それは、優劣の問題では無いかも知れませんが…色々なアーティストに弾いていただいて、意見をいただいています。

その意見は楽器製作にもフィードバックしていますか。

曽我:そうです。楽器の開発のアプローチの方法としては、傾向の違ういくつかのプロトタイプを作って、「どれが良いか」意見をもらっていくのが基本です。意見が分かれる時もあれば、「これが良い」と一つに集中するときもあります。そこで、「この違いの中ではこれが良いのだな」という風に判断していきます。そう言った事柄を少しずつ集めて制作していきます。例えば、現在CFXというピアノがありますが、ヤマハはそこに留まっているわけにはいかないので、今はそれをベースに色々試作をしているところです。

その「違い」とは、具体的にはどういった事柄でしょうか?

曽我:素材や調整の仕方です。あと、私は詳しくないのですが、設計上のアプローチも色々あるようです。こうした試験を繰り返していく事で前進していきます。後退するということはあまりありません。そう言いった意味で我々も次のモデルに期待しています。

そうなのですね。では、ヴァイオリンのストラディバリウスみたいな「未だに昔の方が良い」みたいなのは一体どういうことなのでしょうか。

曽我:それは私にもわかりませんが、「天才がいた」ということだと思います。

現在あらゆる面でAIの導入が進んでいますが、アコースティックな楽器の製作では、その様なAIで解析した数値では示せない部分が残ると思いますか?

曽我:演奏者がAIになったら終わりだとおもいますが…音楽に人間がかかわる部分があれば、必ず数字には表れない何かが残ると思います。実際、同じ楽器でも演奏者や調律師によって音がかわりますから。

アーティストによって求められるものは違いますか? 例えば、クラシックやジャズなどのジャンルでも違うと思いますが。

曽我:求められるものは全く違います。ジャズの…特にアメリカの方は神経質な方があまりいません。僕が思うに、ジャズの方は自分がスタートした時から触ってきた楽器がクラシックの方より劣悪だった事が多いのだと思います。だから、ピアノに対して許容範囲が広いというか、どんなピアノでも弾いちゃいますね。「そうでないと食っていけない」というのもあると思います。ニューヨークのジャズクラブには我々がピアノを入れさせていただいている所もあるのですが、「ヤマハならいくらボロボロになっても弾ける!鍵盤を押すと音がでる!」って言われるんですよ。嬉しいような悲しいような(笑)。でも、それくらいヤマハのピアノには安心感があると言われます。

ジャズの世界では、「ひどい楽器でもちゃんと鳴らすのも仕事のうちだ」と言うこともありますね。

曽我:仰る通りだと思います。

では逆にクラシックの方は完璧さが求められるということでしょうか。

曽我:人によってそれぞれ着眼点が違いますが、知っている範囲で、「この方にはいつもここを指摘されるのでこうしよう」とか、「少なくともその部分について状態を把握しておこう」というのはあります。

コンサートの現場では、ホールの音響によってピアノの響きも変わってくると思います。演奏家が自分では聞こえていない客席での響きなどについて、何か助言されることはありますか?

曽我:他の調律師の方のお仕事を拝見させていただいたこともあり、そういう方もいらっしゃいますが、私はあまりしない方です。「訊かれたら答える」といった感じです。

そう言った所にどこまで介在するか、距離感の取り方には気を使ってらっしゃると言うことですね。

曽我:そうですね、そこがとても難しいです。最初は何も訊かれなくても、関係性の中で段々意見を求められる様になることもあります。

言葉ではなく、技術で先に信頼を得てからと言うことですね。

曽我:そうです。

コンサートの現場で、「緊張していたピアニストが、調律師の方のたった一言で安心した」という状況を何度も拝見することがありました。舞台の上では孤独なピアニストの、一番近くにいるのが調律師の方だと思います。そうした意味でも演奏家に安心感を与える役割は大きいですね。

曽我:はい。そうなりたいと思っていますし、そうでなくてはいけないとも思っています。

昨今では音大でせっかく知識や技術を身に着けても、卒業後に仕事がないと言う状況があります。ヤマハは音楽を学んできた人たちが知識を活かして働ける場を提供しているという点でも、社会に貢献されていると思いますが、その中でも調律師という職業は学んできたことを活かす有力な選択肢になりますでしょうか。

曽我:アカデミーにも音楽高校などを卒業してきた方たちがいました。実際にそうした環境の中で演奏してきて、他人と比較していると「自分はピアニストにはなれない」とわかるのだそうです。そんな時に調律師という仕事を知って「自分はピアニストを支える側になりたい」となって…。ですので、アカデミーに入学した時点でピアノがかなり弾ける方は多かったです。彼らの強みは自分の調律した楽器を流暢に弾けると言うことです。実際、現場ではピアニストから「客席で聞いてみるから、少し鳴らしてよ」なんて言われることもありますが、私はあまり弾けませんので…簡単な曲を弾きます。

曽我さんから調律師を目指す方にアドバイスはありますか?

曽我:しいて言えば…「よく遊んでおけ」ということでしょうか。いろんな人と遊んで、相手との距離が縮んだり、裏切ると一瞬でそれが崩れたり…そうした事を若いうちに経験しておいた方が良いと思います。結局はコミュニケーションの仕事だということです。相手がアーティストであろうが、個人のご家庭のお客様であっても仕事の内容は全く同じだと私は考えています。大切なのは今相対しているお客様です。

ものづくりをされている方の中には、それがあまり得意ではない方もいらっしゃるかもしれません。

曽我:一人で作業をする分にはそれで全く問題ないと思いますが、調律師は人間と人間がお付き合いをする仕事なので。そういったお仕事では特別なことでは無いと思います。

 

ピアニストから信頼される調律師のお仕事のエッセンスが、伝わりましたでしょうか?

5月25日(土)~26日(日)には、アクトシティ浜松で『第21回ピアノ調律師協会世界大会』 が開催され、全世界の調律師が浜松に集まります。

基本的には、一般社団法人 日本ピアノ調律師協会・国際ピアノ製造技師調律師協会の会員及びピアノに関連する職業に携わる方向けのイベントですが、展示会、コンサートなど一部一般の方も参加いただけるようです。参加ご希望の方のお問合せはこちらへ 053-454-6981  JTB浜松