Hamamatsu Arts & Creation 浜松アーツ&クリエイション

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やらまいか精神に溢れた
浜松ゆらいの素敵な人やできごとをご紹介します!

匠の技で、地域と世界を繋ぐ人 Vol.2 トシ・トランペットアトリエ 亀山敏昭氏

フリードリヒ氏と

ラインホルト・フリードリヒ氏と

浜松では、元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のカール・ヤイトラーさんが天竜楽友吹奏楽団の指導に来ていたり、元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席トランペット奏者のワルター・ジンガーさんが浜松トランペットコアーの練習に参加されコンサートでも共演、またドイツが誇るスーパートランペット奏者のラインホルト・フリードリヒ氏のグループレッスンが計画されるなど、世界のトップクラスの管楽器奏者が浜松を訪れ、市民と交流している姿をよく見かけます。それを可能にしてきたのが、トシ・トランペットアトリエの亀山敏昭さん。トランペットのマウスピース作りの匠として、世界中のトップクラスの奏者から篤い信頼を寄せられており、来日した際には、亀山さんの工房を訪ねてわざわざ浜松に足を運ぶ奏者が多数いらっしゃいます。

マウスピーステスト、ジンガーさん

マウスピーステスト

シンガーさんと、マウスピース製作で

シンガーさんと、マウスピース製作で

アィーダトランペットを吹くジンガーさん

アィーダトランペットを吹くジンガーさん

―ご経歴を教えていただけますか?

岐阜市出身で、浜松に来たきっかけはヤマハ吹奏楽団のオーディションに合格して入社(1967年)したからです。プロの楽団ではなく、あくまでアマチュアなのですが、当時の社長が、ヤマハ吹奏楽団が全日本吹奏楽コンクール職場部門で一位になった、ということから、「強化しよう!」と言って、全国から団員を募集してオーディションをしたんです。私はそれの一期生で入りました。
当時、管楽器製品(トランペット、クラリネット、フルート等)を自社で作ろうと。一番最初の段階だったんです。私は、昼間はトランペットの試作・製造・検査などの仕事をしながら、夜はヤマハ吹奏楽団でトランペットを吹いていました。数年後にトランペットの設計チームに加わり、トランペットのみならず、コルネットやフリューゲルホルンなどの設計の仕事もしました。
1970年代、海外からベルリン・フィルハーモニー管弦楽団や、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団などの有名なオーケストラが日本に来るようになり、その楽団の若い演奏家たちがヤマハが管楽器を作っているということを知って、吹いたら凄い良い!と気に入ってくれたんです。
ヤマハはそれをきっかけにベルリンフィルやウイーンフィルの奏者用に楽器を開発し、彼らに送って評価をいただくうちに、現地から「技術者がほしい、修理したり、情報をフィードバッグする技術者が欲しい」ということになり、私に白羽の矢が立ったわけです。

トランペットの検品、金石先生と、

トランペットの検品、金石先生と、

30歳でドイツに渡り、9年間働きましたが、現地の演奏者とつながりを作りながら、ヤマハの楽器を広めていきました。
ちょうど、活動を始めた1979年、オーストリアのザルツブルグ祝祭歌劇場での、カラヤン指揮、歌劇「アイーダ』公演では、ヤマハ特注のアイーダトランペットが使われた!現場に立ち会えることが出来、大感激した思い出があります!

―クラシックの本場ヨーロッパでアジアの新興楽器メーカーということで受け入れられるまでが大変だったのではありませんか?

元々ドイツとかフランスとかの名の通ったメーカーっていうのはプライドが高く、あまり演奏者のケアはしないというか(笑)。ヤマハは後発なので楽器に関して知らないことが多く、常に演奏者に向き合い寄り添ってというスタンスだったので演奏者の方々には喜んでもらえました。
欧州から浜松に戻ってからは、新商品開発の仕事をして、その後、銀座にあるヤマハアトリエ東京に移りまして、そこで日本国内のオーケストラ演奏者や海外から来られた演奏者にヤマハの楽器を広めるという仕事をしました。その中で、ずーっと昔から続けてきたのがマウスピース作りでした。管楽器の演奏者にとってマウスピースは楽器との接点になるところなので、とてもシビアに見ていますし、調子が悪くなるといいものを求めたり色々と試行錯誤して悩むところなんですよね。ですから、ヤマハにとってメインの仕事ではないけれど、演奏者との信頼関係を作る上でとても重要なお仕事でした。

―会社をお辞めになったのはいつ頃ですか?

50歳の時に退職しました。32年間会社にいましたが、どちらかというと社内より外との付き合いが深かったんです。色々なお付き合いの中で他社メーカーの楽器の修理の依頼をされたりするのですが、社内ではなんとかしてあげたくてもできないんです。それに、私自身もアマチュアで吹いていますが、アマチュアの人達もプロと同じサービスを求めますよね。そんな事を考えまして、演奏者を楽器作りの面からサポートしていくのが私の天職だと思って、ちょうど早期退職制度があったので独立しました。

―そのときの人脈が今のお仕事につながっている訳ですね?

そうですね。一人でやっているので数をこなすのは無理ですが。世界の多くの国にマウスピースを作るメーカーはあるんですが、それで全て満足されるかというと、そうでもないんです。

―マウスピース作りで心掛けていらっしゃるのはどんなところですか?

「こんな感じにしてほしい」っていうのが人によって違うので、まず色々な情報をヒアリングします。希望を聞いて演奏者の人となりを見て、自分の感覚で「この人はこうだろうな」というこれまでの経験の中の勘みたいなものがあります。そして、提案をしてOKであれば加工してみて、実際に吹いてもらって求められたものに合っているか確認をして、という作業をします。吹くと削った感じの違いがよくわかります。
ヤマハにいて何十年もやっていた時のお客様は基本的にはプロの方なので、作ったものに対して的確な反応が返ってくるんです。いいか悪いかをすぐ。その経験がとても役に立っているし、アマチュアに対してアドバイスなんかもできています。
それと、大事なのはやっぱりお互いの信頼関係ですね。海外の方のお仕事を受けるときには英語か、ドイツ語かという言葉の問題がありますが、こちらが完璧な英語じゃなくても、信頼関係を大切にしていると先方もわかってくれます。

―浜松に住みながらも確かな技術で世界とつながっていらっしゃる。個人レベルでそれを実現されているのは素晴らしいですね。

個人対個人というスタンスでやっていて、初めは日本の演奏者に向けての仕事が多かったです。今はネットの普及とともに、海外からの依頼が増えてきました!ヨーロッパ各国、アメリカ、アジア(中国、韓国など)、ブラジルとか。
おかげで途切れることなく、仕事をさせていただいています。依頼の多くはフェイスブックで来ます。演奏者同士の口コミで私のことを知り、リアルタイムで、やりとりしています。ありがたいことですが、時として、頭がついていかない状況になりますが(笑)。

―自分が納得できるお仕事をされるのが一番ですよね。巧の技の後継は難しそうですが?

結構感覚的な部分もあるので、教えるのが難しいですね。感覚的なものはその人によって違うので、同じものは出来ないかな。
私の場合、出来上がったマウスピースを吹いて、音質、鳴り、音程、吹き心地などを確認し、依頼者の要求に添う様に、わずかな削り(ミクロンレベルの違い)で微調整、試奏を繰り返します。
長年の経験から得られたノウハウによるところが大きいですね!

―プレイヤーとしても演奏されているとおっしゃっていましたが、どんな活動をされていますか?

定期的な演奏活動は、浜松ブラスバンドでコルネットを吹いています。年間6回ほどの本番演奏があり、結構ハードです。最近、ヤマハ吹奏楽団OBバンドにも入れていただき、月1回の練習に参加する様になりました。浜松トランペットコアーメンバーでもあります。こちらはロータリー式のトランペットを吹き、毎年、浜松に来られる元ウイーンフィルハーモニーのヤイトラー氏の指導を受けています。
また、浜松トランペットサークルというグループを立ち上げ、世代や、ジャンルを越えたトランペット吹きが集まり、トランペット演奏を楽しめる機会を作りたい!と、5年前から仲間達と活動を続けています。メンバーが130人くらいいて、ゲストプレーヤーを招いてのコンサート、ワークショップなどのイベントを企画実施したり、いろんな情報交換をしています。メンバー的には一般のアマチュアの方が多いですね。
他にも、Neo Brass Band(ネオブラスバンド/日本全国のブラスバンド好き有志の集まりで、本場英国にて現地バンドとの交流コンサート実施)メンバーでもあります。
ブラスバンドとは、いわゆる日本の吹奏楽ではなくて、英国式ブラスバンドのことです。
英国式ブラスバンドって、コルネット族の大きい楽器と金管楽器と打楽器だけで形成されているバンドなんですけど、日本ではまだ少ないんですね。日本でブラスバンドを発展させていきたいと、毎年夏に3日間「ブラスバンドキャンプin浜松」というのをやっています。全国からブラスバンド愛好者が80名程度集まり、イギリスから世界一のバンドの指揮者だったり、いろんな楽器のトッププレイヤーに来てもらってます。

―ブラスバンドっていうと、イギリスの炭鉱町の映画「ブラス!」が有名ですよね。

ヨークシャー地方の炭坑の町ですね!モデルになっている町のバンド「グライムソープ・コリアリー・バンド」の練習所を訪ねました!イギリスは今でもブラスバンドが盛んで、伝統が残っています。ブラックダイクというすごいバンドがあるんですけど、これは170年くらいの歴史があるんですよ。ほかにも100年以上の歴史のあるバンドがあちこちにあります。

Neo Brass イギリス遠征

Neo Brass Band イギリス遠征

―地域の生活に密着しているんですね。

そうです。ブラスバンドって30人くらいで、できちゃうんですよね。いろんな町の中心広場に音楽堂があって、毎週末になると集まって演奏を楽しむとか、小さなステージで披露したりとかしてますね。

―浜松も学校の部活からシニアまで本当に吹奏楽が盛んで、音楽を楽しむ市民の方たちが、世界レベルの質の高い演奏者の演奏を聴くというのは、本当に大切なことだと思います。ですので、世界トップクラスの演奏者が市民活動に関わってくれているというのは、本当に恵まれたことだと思います。それも、亀山さんに対するリスペクトから生まれたご縁なのではないかと思います。そうした活動も心掛けていらっしゃいますか?

はい、私が今あるのは、浜松に来たこと、浜松でいろいろな経験が出来たことが原点です。
海外での貴重な活動の場を与えられ、数多くの演奏者のマウスピースを製作し、信頼関係を築くことが出来、自分の役割を見つけることが出来ました。演奏者からの喜びの言葉が聞けるのが、何よりの励みですね!
少しずつですが、つながりの出来た世界のトップクラスの演奏者に浜松に来てもらい、皆さんにすばらしい音楽的体験をしていただく機会を作っていきたいなあ!と思っております。

 

ブラスバンドキャンプin浜松

ブラスバンドキャンプin浜松